(1) 序文

 みなさんむし歯は治らないことをご存知ですか。

 わたしは、大学に入るまで、むし歯のことを深く考えることなどあまりありませんでした。歯医者さんに行けばむし歯はなおるのだろうと漠然と考えていました。

 しかし、むし歯は絶対になおりません。「風邪が治る」、というのは、まったく前の状態にもどるので、治ったと言えると思うのですが、一度むし歯になった歯は、自分で治ることもなく、また私たち歯医者も人工物で補てんするだけで、昔のまったくの自分の歯の状態にはもどらないのです。失った自分の歯は今の医療技術ではなおせません。

 むし歯は、ひとりでにはなおらないので、そのままにしておけば、ひどくなる一方ですが、歯医者さんでも、いまの失われた状態でとどめるのが精いっぱいなのです。

 今も、患者さんに「はい、むし歯なおしましたよ」と言ってしまう時があるのですが、それは間違いで、「できる限りの治療をしました」が正しいと思います。

 もちろん、むし歯が大きくごはんが食べれなくなったような歯に金属などをかぶせたり、入れ歯を作るなどして、もとの歯の形のようなものにすることはでき、ごはんを食べれるように歯医者さんは努力はしますが、自分のもとの歯、というのは戻ってこないのです。

 だから、みなさんには、むし歯にはならないようにしてください、というほかありません。

 幸いなことにむし歯にならない方法が、つまり予防する方法があります。とにかく適切な予防をとることが、自分の歯で、今後も生きていくうえでは、非常に重要なことです。

 似たような病気で、自己の不摂生による肥満などからおこる糖尿病、塩辛いものをたべることによってなる高血圧、脳梗塞、脳出血、またたばこを吸うことによりなる肺ガン、など、予防できるのに、自分で予防せずになってしまう病気はいまの生活にはたくさんあります(先天性のものは除く)。いまあげた病気も進んでしまうと、けっして本当のもとの状態にはもどりません。こういう病気を「生活習慣病」と言います。今の社会は、お金をだせばすぐなんでも食べられる社会になっていますので、自分にきびしく、適切な予防をしていくことが、かからないでいい病気から身を守る、ただひとつの手段なのです。